「小金沢シオジの森には、クマがいますか」と聞かれることがある。
聞かれると「います」と答えるが、小金沢シオジの森で、私は、一度もクマの姿を見ていない。
それでも、「いる」と判断するのは、ツキノワグマが残した痕跡が見つかるからだ。
春の早い時期 観察路を歩くと、クマの糞が見つかることが多い。クマのほうが人目を避けるためか、私たちが足しげく通うようになる夏には、少ない。クマの糞は、大きさ、量ともに、ほかのほ乳類を圧倒しているので、すぐにわかる。
クマの被害で目立つのは、道標破壊である。
観察路の道標は、格好の対象のようだ。
どうも、道標に使われた塗料に、クマの食欲を刺激する成分が含まれていたのではないかと、かってに推測している。
お弁当広場の道標は、設置して間もなくクマによって壊された。噛んだとも、引っ掻いたとも判断しかねるが、ツキノワグマの毛が付着していたので犯人が分かったのだ。このほか、長沢分岐でも、設置するやいなや、クマのいたずらで壊された。
怖さを感じるのは、爪痕である。
そのうちのひとつは、順路通り進んで、尾根道のお弁当広場の手前、長沢寄りの広葉樹の一群に見られる、ブナの幹に残された爪痕である。かなり以前のものだが、爪痕は、幹の上のほうまで続き、くっきりと残っている。ツキノワグマは、このことからも木登り名人と知れる。
餌となるドングリ目当てのことであったのだろう。間もなくやってくる冬にそなえるために、クマにとって、餌になる実りの季節は大切だ。
クマの痕跡は、ミズナラやブナの樹上にもできる。
クマだなである。クマだなは、秋に見つかりやすい。長沢シオジの森の観察路では、お弁当広場から長沢分岐に至る谷側に、見られることが多い。折られた枝が幹と太めの枝の間に不自然に固まっているので、わかりやすい。
きっと、たくさんの爪痕が残るブナにも、クマだなができたに違いない。ただ、爪痕と違って強風や大雪のせいで跡形もなくなってしまう。クマ棚が、春に見られることは、まれなことだ。
降雪時なら、足跡を見られるはずだが、残念なことに冬季は林道のゲートが閉じられる。
なので、観察路周辺で、足跡を見かけることは珍しい。たった一度だけ見つけたことがある。それは、雪解けが連休明けまでずれ込んだ年のことである。大樺の頭近道分岐から、お弁当広場に向かう観察路に残されていた。
このことからも、観察路は、けものみちでもあると知れる。
足跡を追うと、途中からササやぶや、低木の群生を分け入って、けものみちが続く。観察路が作られたために分断されたのか、観察路を利用して都合よく新しいけものみちをこさえたのかは定かではないが、けものみちと観察路は、いたるところで重なったり交わったりしているのだ。
ツキノワグマから、けものみちの話に移ったが、もとにもどそう。
「クマは、います」とこたえると、「怖くはないですか」とか「おそわれませんか」と尋ねられることもある。
そこで、100点満点のこたえではないのは承知で、「山に詳しい人と歩くなら、まずクマに出会うことはありませんよ」と、伝えることにしている。
ツキノワグマは怖い動物には違いないが、クマの習性さえ知っていれば、それほど恐れることはないと思われるからだ。
それでは、シオジの森にすむ動物で、ツキノワグマより怖い動物はいるのか。その話は、またの機会に。
(下澤直幸)
*写真は、すべて石原誠氏 撮影
【小金沢シオジの森四方山話】 次回は、5月上旬に掲載予定