小金沢シオジの森で、ミツバツツジが咲き誇るのは、早ければ3月下旬、遅くとも4月中旬だ。多くの樹木がようやく芽吹くころ、馬酔木を追うがごとくに、紅紫色の花をつける。ほかには目立つ花など見られない山地だけに、たいそう華やいで見える。しばらくすると、群生するニリンソウの開花も見られるのだが、このころは、草本でもハシリドコロが花をつけているくらいだ。
ある年のこと。5月にも、ミツバツツジの花をたくさん見られることに気がついた。シオジ森の学校が活動を始めて間もなくのころだ。
標高差で100mあるかどうかの違いなのだが、5月に見られる地域は、通称「お弁当広場」から大峠に向かう長沢出合いまでの途中にある。雁ヶ腹摺山の西斜面をトラバースする登山道にもなっている。
ミツバツツジの枝が、山側からも谷側からも観察路を覆うかのようにせり出している。なんと、200m余りも続くことに心が躍った。緩急のある山道を、まだ続く、まだ続くと、花を追いかけ、途切れたところで振り返ってみた。艶やかというほかはなかった。
もっとも、こんな僥倖は、めったにない。
何よりも、年によって満開の時期が違う。当たり前のことだが、その年の気象条件に左右される。さらに山間のこと、開花時期が樹木の生育する地の条件により異なる。なので、そのすべてが咲きそろうのは、1年のうちで数日だ。それほど満開に遭遇する至福の機会は少ない。
さて、ミツバツツジの群生をみつけて、間もなくのことだった。
以前から、ご縁のあった小松澤靖さんが、私と一緒にシオジの森の観察路を歩いてくださった。小松澤さんは、森林インストラクターの資格をもつ森のエキスパートである。
その小松澤さんとミツバツツジの並木に差しかかったところで、彼は、こともなげに、「トウゴクミツバツツジ」とつぶやいたのだ。
「トウゴクミツバツツジ」私は、思わず反芻した。
小松澤さんによれば、ミツバツツジとトウゴクミツバツツジでは、雄蕊の数が違うという。トウゴクミツバツツジの雄蕊は10本、ミツバツツジは5本だという。彼は、そう言ってから花の中の雄蕊を数えて、私に示してくださった。
私は、終始あっけにとられて見つめていたが、この並木はミツバツツジとは別の種トウゴクミツバツツジなのだと、ようやく気がついた。
5月に咲くのもトウゴクミツバツツジのほう。ミツバツツジより開花時期が遅いというのも、この時知った。
こののちも、よく似た種の判別に迷うことは続いている。
ニリンソウも、同時に二輪の花をつけることは少なく、時間差もあることが分かったのは、たびたび同じ群生地でニリンソウを観察するようになってからのこと。それまでは、イチリンソウの変種かななどと、初歩的な疑問を抱えることもあった。
しかし、この時ほど、見かけは何も違わないが、よく見ると別種である出来事を意識したことはない。
のちに、このトウゴクミツバツツジ群生地は都留文科大学の別宮教授によって、「トウゴクミツバツツジの回廊」と名づけられた。開花時期にこの回廊を巡るたび、花のつき具合はどんなものかと期待が膨らむ。
次回は、3月下旬に掲載予定