シオジは、毎年秋になるとたくさんの実を落とす。
形は、実が一つしかない小ぶりのサヤエンドウといったふうである。しかし、さやの中に収められた実がしっかりさえしていれば、シオジの実としては立派なものだ。これらが、翌年の梅雨明け近くに、地面から起き上がるや、あれよあれよという間に双葉をつけ伸びあがる。実生の誕生である。シオジの巨樹の周囲一面に、双葉の姿が数えきれないほどあらわれる。
ところが、実生の90%前後は翌年には消え、さらに次の年には2年生の実生の苗木など、ほとんど見られなくなる。それが自然界の摂理というもののようだ。
そればかりか、ここ数年は、シオジの実生が減り始めた。なぜなのか。
どうやら、シオジの実生は、ニホンシカの食糧となっているらしい。
シオジの天然林が群生する長沢周辺に、繁茂していたササの一種であるスズタケが、ある年一斉に花をつけ枯れてしまった。スズタケはこの周辺に暮らすニホンシカの恰好な食糧であった。それが、まったくなくなったのだから、シカは食糧を他に見つけなければならない。シオジの新芽や実生がその代用品となっているのではないかと思われる。
さらに、実生ばかりではなく、若木の姿が、まったくと言っていいほど見られなくなってしまったことだ。数年から、十年生前後と思われるシオジの若木は、森の学校の活動が始まった当初、長沢の水際をはじめ、森のそこかしこに見られた。適当な食料を確保できないシカが、柔らかな樹皮を丸ごと剥いて、樹木が枯れてしまう例を見聞きしているので、同様にシカの食害にあったのではないのかと思う。
いずれも、「推論」の域を出ない。そこで、3年前から、シカの食害調査に乗り出した。山梨県森林総合研究所の指導と協力を得ながら、次のような調査活動を始めた。
小金沢シオジの森観察路の長沢沿いの2カ所に調査地を設けた。一つ目は、初めてのオコジョの写真撮影に成功した、尾根沿いの道に向かう分岐点近く。「調査地 オコジョ」と命名。二つ目は長沢から大峠に向かう分岐点近くで、こちらは、「調査地 ながさわ」と名づけた。それぞれの調査地は、10m四方のネットで周囲を囲った地域と、囲わない地域を隣り合わせて定め、それぞれの地域に1m四方の調査地点を3カ所ずつ設け、合計6カ所の植物の生態を継続的に調査することにした。もちろん、この中にはシオジの実生も含まれている。
あわせて、通年この調査地点に赤外線カメラをセットして、やってくる動物の動きを知ろうということになった。
この3年間で少しずつ、わかりかけてきていることもあるが、シオジの実生の生育状態とシカの因果関係は、もうしばらく調査を続けなければ、何とも言えない。
ただ、残念な出来事が起きた。調査2年目には、「調査地 オコジョ」のネットがやぶられていた。調査地内を隈なく調べると、シカの毛らしきものが散らばっていた。おそらくこの中にシカが跳びこんで、ネットが絡まり、脱出できずに絶命したのであろう。それでは、シカの亡骸はいずこに消えたのか。おそらく、シカを食する森の住人が持ち去ったようだ。
去年は、「調査地 ナガサワ」でも、同じような出来事が起きた。ネットの外側で角を絡めてしまったらしい。頭骨をはじめ骨だけはそのまま残されていた。
シオジの実生が少なくなったのは、ニホンシカの食害によるのではないかとの想定で始めた調査ではあるが、こうしたことで、シカの命を絶つのは本意ではない。調査方法や期間も含め、森のあるべき姿を描きつつ、進めていくほかはない。
(下澤直幸)